他には何も

考えたことをかくブログ

何者にもなれなかった君へ

ミライアカリが引退してしまう。私は書かなければならないと思った。


ミライアカリは何者にもなれなかった。
今ではVTuberが少なくともオタク業界を席巻している。アニメショップではその特集ばかりで、普通のアニメがオタク界の寵児となることは少なくなった。
その予感は、キズナアイが生まれてからずっとあったものだ。キズナアイの誕生は、私たちに新時代を感じさせ、遠くない未来にみんなが夢中になると予感させた。キズナアイが作り出した予感とは形は違ったが、みんな夢中になっている。
そんな中、ミライアカリはどこにも辿り着けなかった。
彼女は、V同士でコラボする楽しさを教えてくれた最初の存在だった。
彼女は生配信で一番最初の大ヒットを生み出した。
彼女はロックを女性Vとしては珍しくかっこよく歌い上げることができた。
彼女はアニメにも進出した。
ただ、どの世界にも定住しなかったし、できなかった。
彼女がさまよう間に、アイドルと割り切って業界を作り上げたり、配信者と割り切ってニッチに掘り進めていくものがいたり、性別や種族を乗り越えて活動したりする人々が彼女を追い越していった。
彼女はどこにも行けなかった。
そもそも出自からして不思議な存在である。エイレーンの企画の一つとして生まれた彼女は、バーチャルの世界の住民としても、現実世界の住民として半端なままだった。
ただ、彼女は境界をさまよい続けることができた。それはきっと、ミライアカリにしかできなかったことだと思う。
彼女がいなければ、電脳世界と現実は分かれたままだった。
彼女がいなければ、非日常と日常は分かれたままだった。
それは、今業界を席巻している二つのグループを見れば一目瞭然だ。その二つは理想の世界か現実の世界のどちらかにしか存在できていない。
彼女の人気は、今更語られることもないくらいに小さいが、VTuberが生まれた時のワクワクするような世界への予感は、二つの世界の境界が溶けていく興奮だったと思う。


だから彼女の引退は、あまりにも悲しいが、あまりにもあっけない。現実での別れがあっけなく、夢が覚めた時は悲しいからだ。こんな感覚を与える存在は、他に誰もいないだろう。

M1の審査員について

審査員について語られるようになって久しい。


松本人志さん

彼なしでのM1は価値がない、というより彼なしでの賞レースに意味はない、というレベルのお方。

松本さんはリベンジ組をよく見ているなといつも思う。何かが足りないから負けた、それを乗り越えてきたのか?という問いかけを常にしているように感じる。

ただ、松本さんよりも年上の人が一人は欲しい。審査員長は別の人であって欲しいと思う。そうでないとM1は松本さんのものになってしまう。それほど大きい存在。


中川家礼二さん

関西漫才の視点を担当しているように思う。現代的感覚を持ちながら、古典的漫才の重要性を深く意識した評価をしていると思う。保守的な評価。


立川志らくさん

落語界でここに座る胆力を持つ人物は氏しかいないだろう。M1が面白いのは、漫才以外の人物がいるから。氏の重要性は非常に高い。


サンドウィッチマン富澤さん

相方の伊達さんも言っていたが、まさにネタ作りの天才。その才覚を十分に発揮した評価を下している。それ故か多少保守的な傾向が見える。ネタ評価担当。


ナイツ塙さん

東京漫才担当という立場が基本だと思うが、漫才の技術的な面での評価がものすごく緻密で正確である。また、かなりの革新派でもあり、見たことあるスタイルの漫才にはいつだって厳しい。


博多大吉さん

古典漫才の精神的な面をものすごく守る保守派の最右翼。おそらく塙さんと大吉さんの両者に支持されることは、優勝よりも難しい。漫才とは、というのを守り問いかけ続けるための存在としてオール巨人さんの後をよく引き継いでいたと思う。


山田邦子さん

女性、松本さんより年上、非吉本という縛りがあるなかで、よく審査員を受けてくださったと思う。評価は一見彼女次第のM1と揶揄されたが、彼女が揺さぶらなければ何も面白味のない大会になったと思う。思いきった採点をするべきというメッセージは他の人にも伝わり、ダイナミックな大会になった。今回の審査員側のMVPと思う。


個人的には前回のメンバーから変わるという状況下で、よくここまでいいメンバーで審査員がまとまったと思った。オファーする側も物凄く考え抜かれたのが伝わってきた。

個人的にはやはり松本さんに並ぶかそれより上の存在が一人は欲しいと思った。


ここ辺りが入ると面白そうな方々

ウッチャンナンチャン南原さん

内村さんに審査は厳しそうである(皆同じ点数にしたいだろう)から南原さん。

以前も審査員をし、芸事は古典的なものまで網羅できている。彼がいればすゑひろがりずはもっと別の評価をされていただろう。


爆笑問題太田さん

太田さんは100%やらないしやれないと思うが、現役の漫才師であり、非吉本。芸風も不条理系への造詣が深く、松本さんに対抗できる存在といえば、彼が適任だろう。ただ、確信を持ってやらないだろうし、万が一出たらとんでもない点数をつけるだろう。太田さんはやりたくてそうするのではない。やってしまうのだから。


若手の方

NON STYLE石田さん

いろいろな漫才を網羅できていて、的確な視点を持っている。ただ、現在の枠の中に入れる隙があるかといえばない。オードリー若林さんや南海キャンディース山里さんもそうだが、東京スタイル枠の塙さん以上の評論家にはなれないと思うので、審査員になるのは難しいだろう。

M1-2022短評

カベポスター

構成がよく伏線を張ることができた。単発ネタに見えた告白する参加者を伏線にしたのは見事であった

しかし、これは毎回思うが、伏線をしっかり張ったネタは、M1の形式にはあわない。

トップバッターと言うのも相性がよくなかった


真空ジェシカ

大喜利漫才としては、歴代最高クラスの実力と言えるだろう。どのボケも彼らにしかできなかったと思う。

一方ネットミーム寄りのネタが多く、面白いとは思うが、私たちの地盤を揺るがすような強さが今回はでなかった。私たちをもっと不安にさせてほしかった。


オズワルド

敗者復活できたのが、いつものオズワルドになっていた。和牛もそうだが、敗者復活なら今までのスタイルをすべて捨てるような事をしなければ、記憶にも記録にも乗らない。ハライチは自分を捨てられたが、彼らにはそれができなかった。


ロングコートダディ

コント強めの漫才。コントで身に付けた色々なものになりきるボケを高い精度で打つことができた。白眉は太っている人。あのボケがなければかつて内村さんと松本さんがやった殉職ネタの現代版と言った評価に落ち着いただろう。あのボケは今回のMVPだと思う


さや香

正統派の強い漫才。突っ込みがだんだんとずれていくのはブラックマヨネーズが先輩に当たるが、彼らよりもズレが見えにくく、ボケと突っ込み両方の主張が活かされ続けていた。毒舌も時代に合いマイルドながらしっかりと刺すことができていた。


男性ブランコ

変化球ネタと言うより、コント師の本気を見れるネタだと言える。ボケ数の少ないコンビは今までそれなりにいたが、彼らは演技力でそれを一撃必殺の武器に仕上げた。話だけでの漫才ではこのボケ数で勝負にはいけない。素晴らしかった。


ダイヤモンド

構成や発想はよかったが、分かりにくい印象が強かった。毒舌系に分類されると思うが、その毒も私たちを驚かせるほどの強みがなく、賢くめんどくさい人が何か言ってる程度の毒だった。順番関係なく弱かったと思う。


ヨネダ2000

不条理系のネタは基本的に好きではないが刺さった。突っ込みが常識人であることを最初の段階で印象付けることができたのがよかった。あのくだりがなかったら危なかった。しかしマヂカルラブリーが先にいたので、不条理系は勝ちにくいのが続くだろう。これは世相ではなく、単純にマヂカルラブリーの二人がすごいと言う話だが。

彼女たちに対しては、そういったことよりも、女性コンビで女性をネタにしなかったことを評価したい。最後まで一芸人で舞台に立っていた。それでいて突っ込みのワードやノリは確実に女性的でもあった。柔らかく戸惑いつつしっかり刺して乗ってあげる。この事を一番評価したい。


キュウ

単純にボケ数が少なかったと思う。後半の畳み掛けでもっと意表を突くかと思いきや、そのまま押しきった。おそらくはファンがある程度場にいた方がいい漫才。長距離走型の漫才師だと思う。彼らの色々なパターンのネタが見れると面白くなるだろう。


ウエストランド

ラストバッターで不安でしかなかったが、彼らは確実に2年前から成長した。前回は井口さんの独演会に近く、それはウーマンラッシュアワーに勝てない。しかし今回は二人で舞台に立っていた。ボケは口数が少ないが、彼がいないと面白味は半分以下になっていただろう。彼が私たちを安心させ、突っ込みが私たちの地盤を揺るがす。また、その地盤はぺこぱ以来付きまとってきた傷つけない笑いと言う地盤でもあった。

ツービートと爆笑問題。ウーマンラッシュアワーとウエストランド。毒舌の系譜にしっかり乗るネタが見れたのが幸いである。


ファイナルステージ短評

これはさや香とロングコートダディが現場を軽視しすぎたと思う。ウエストランドは3位に残る漫才かは微妙だった。しかし、審査員がウエストランドを押した。この事実を重く受け止めるべきだった。ウエストランドは確実にマラソンランナー。長くやらせたら確実に勝てる。マヂカルラブリー野田であれば、それを阻止すべくトップバッターを選んだかもしれない。

またウエストランドも自分達をわかっていた。同じネタを選択したのだ。私はつかみであるなしクイズという言葉が出た時点で、優勝するのを感じた。

さや香は非常に残念だった。恋愛ネタは隠れ地雷である。恋愛ネタは内輪ネタでしかないのだ。それに自虐を合わせて本当に残念でならない。

ロングコートダディは、いつもの彼らではあったが、ボケ数が減りすぎた。一本目のあのスピード感がほしかった。


最後に

ウエストランドがいなければ、書かなかった。お笑い評論をネタにしてくれたおかげです。

毒をかけられたらやり返すから面白い。対立があるから面白いのだ。

マイノリティ

 マイノリティに対する私見として、「少数派に目を向けるべきだ!」という意見がある。これほど高慢ちきな言葉もないだろう。一体君はいつから人類の代弁者となったのか。
 しかし、このような感覚を持って生きている人はとても多くいるのだろう。そして彼らは、自分が少数派も忘れない英雄だと考えている。
 常々思うことだが、どうして自分を正常だと考えたいのだろう。どうして正常でないことを恐れて、天から見下ろすように世界を眺めるのだろう。天下りという言葉もとんと聞かれなくなったが、いまだに人々は天下りへの憧憬がやまない。そんな憧憬を自覚せずに持ち続けるくらいなら、自然主義のほうがましに思える。我が身を醜く感じ、ドロドロのヒロイズムに肩までどっぷり漬かっている方がまだましである。
 自分が馬鹿だといわれると不安になってしまう。自分が人と違うと不安になってしまう。その不安の原因は、精神の弱さではなくただ自分も他人も見えない愚かさである。私の好きな歌に「空がまた暗くなる」という曲がある。書き出しは「大人だろ 勇気を出せよ」。自分を見るのも他人を見るのも、そんな勇気が必要である。意気地なしの英雄は、自分が正常だと思う。


 そして、マイノリティ側もうぬぼれている。自分が傷ついた物語に酔いしれている。酔いが覚めるのが怖いから、いつまでも虐げられようとする。虐げられた傷で自分の存在を確かめている。メンヘラどもがリストカットしているのと同じだ。そんなことはすぐにやめなければならない。誰も君を救ってやらないのだから。意気地なしの英雄と、泥酔いの自傷癖は共依存だ。時間がたてばたつほど傷は膿み、首は絞められていく。新鮮な空気を吸うだけで救われるとしても、そんなことはしない。お互い大人としての勇気がないのだ。


 君が好きなものを見つけたとき、君の世界はとても満たされたはずだ。私はその瞬間を信じる。いつまでたっても満たされないのは、大人としての責務を果たしていない。世界を満たすのが大人の責務だ。
 私は世界を愛している。だから、少数派を尊重するなど決して言わない。私はすべてを尊重するために、大人になることを要求する。自ら溺れる者を否定する。君を尊重するために、君を追い詰める。そういう態度を矜持と言うのだろう。プライドを持て。勇気を出せよ。

がんばれ、ひろゆき

 ひろゆきの最近調子が悪い。
 別にひろゆきのことは全く評価していないが、ちょっと前は論客として、面白い存在だった。彼の戦い方は基本的には変わっていないが、足の置き所が変わってしまったんだなぁ。
 ちょっと昔も、ひろゆきはめんどくさい論客だった。すぐに論点はずらすし、本当に語るべきことを語ろうとしない。ただ、彼は自分の居場所を確かに知っていた。ネット社会のアンダーグラウンドに籍を置いているという自覚があったように思う。だから、彼がいると議論の場は、ちゃんと引っ掻き回される。高尚なお方が切り捨てていたものを蘇らせることが出来ていた。愚かな人間たちの魂が、ひろゆきを通じてその場に出現していた。それが議論に必要かどうかはともかく。
 今のひろゆきは信者ビジネスに腐心するあまり、アンダーグラウンドの誇りを失ってしまったように思う。そして、自分はもっといろいろなことを知っているはずだ。自分の感性は、正統であり、広く一般大衆に共感するものがあると思い込んでいる。アンダーグラウンドの人間が、一番やってはいけない失敗である。広く共感を集めることは、たけしやさんまに任せればいいのだ。アンダーグラウンドの人間は、大人しく深夜に空耳で爆笑するのがいいのだ。
 個人的には、ホリエモンと仲直りというか、イチャイチャして、感覚を取り戻すべきだと思う。ホリエモンは、一見信者ビジネス軍団の一味のように見えるが、彼の精神は違う。ホリエモンは自分が傷つくことを受け入れている。そして、その傷をしっかりと恐れて、行動している。彼は全く不感症になっていない。ホリエモンは泥にまみれようが、自分の能力を正当に評価して、自分のしたいこと、できることを見定めている。伊達に近鉄を救おうとした男ではない。
 ひろゆきよ。君はかつて公園の便所の落書きを見つめて、それを愛していたのではないのか。ただ見てみたかっただけというが、その目線に愛が溢れていたのではないか。今の君は、公園の便所を見ないで、タワーマンションの上階から街をぼんやりと見下ろしている。君がかつて愛した路地裏に転がるひび割れたビール瓶は、そこからは見えない。そんな調子で騙せるのは、信者だけだ。